エモーショナル片手に踊りたい夜もある

生活をがんばるOLの備忘録

THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 160528@長野ビッグハット

2年前の2017年5月28日に前のブログで書いてたものを発掘したので、はてなのほうであらためて。


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1年前の今日にあたる2016年5月28日は私の初日であり、当時23歳の私にとって23年間生きていて初の、初めてのイエローモンキーのライブの日でした。もう1年前という事実に驚いているし、1年前の自分が想像もしていなかった日々が今日まで続いてるなあとしみじみしている。

1年前の初日はイエローモンキーを聞くきっかけにもなった父と迎えました。父の運転する車に乗り込んで、イエローモンキーのCDを聞きながら先行で買っていたパンフレットを読みながら埼玉から長野へ向かって。20年くらい聞いてきたイエローモンキーの曲たちが、いつもとは違うドキドキだとかを感じさせていた道中だった。これからこの曲を生で聞くと思うと、たまらなかった。
会場に着いてたくさんのイエローモンキーのファンを見た瞬間、抱えてきた気持ちはより勢いを増して、開場時間を今か今かと待って、迎えた開場。やっと手に入ったチケットで会場に入って、見えてきたまだ無人のステージ。開演時間を刻むカウンター。自分の座席に座って父とそわそわしながらまた次は開演時間を待って。刻むカウンターをあんなに凝視していたのはたぶん長野が一番じゃないかな。ちょっと早送りにならないかな、なんてありえないこと願ったりして その時を待ち構えていました。

カウンターが10秒前を切って、すべてがゼロになり暗くなる会場内。響いてきたバラ色の日々から、聞こえてきたプライマル。の生音に、再集結を知った2016年1月8日のときと同じように息が詰まった。
影がそこにある、焦がれてきたあのバンドが今そこにいる。こみ上げてきた感情はあの薄い幕が落ちた瞬間、熱気が爆発するとともに爆発した。涙がぼろぼろぼろぼろ出てきて、止まらなかった。この日を迎えるまで父と「もしかしたら泣くかなあ思うけどなんだかんだで泣かないかな」なんて言っていたくせに、3曲目ぐらいまでずっとひたすら泣いていた。ステージ上のメンバーを見据えようとするたびに視界がぼやけてうまく見えない。けど耳に入ってくる音はぜんぶ本物で、コンポだとかウォークマンとかスマホ越しで聞いてきた音ではなく、今、本人たちによって鳴らされて歌っている。
初日のこと、終始泣いてたり熱に浮ついてたりであんまりどの曲でどうだった、とか この曲はこうだった、っていうのがあんまり覚えていなくて。当時のツイッターを見てもあまり詳しい感想は呟かれてない。けど、嬉しさとか悲願だった願いが叶った幸福感とかがすごい詰まっているなあ、と 読み直してぽつぽつと思い返している。

ライブ後の感想のひとつ。自分のことなんだけど、読み返してほんとに良かったね、と当時の自分を抱きしめてあげたいなと思った。ずっとずっと自分にとってのロックスターだったもんね。バンドがなくても、私にとって唯一無二のロックスターで その座は死ぬまで 死んでも あなたたちのためにあると、思ってきたもんね。
そんな風に思ってきたバンドが今こうして目の前にいる事実は、自分が想像していた以上に影響が大きかった。生きてて良かったなあと何度も何度も思っていた。

JAMが終わって、メンバーが捌けて、客電がついてもまったく動けなくて、すこしだけ自席で噛みしめていたあの時間。一緒にきていた父もとても嬉しそうで、あの日あのとき父の仕事の元に、THE YELLOW MONKEYというバンドが舞い込んで めぐり合ってくれたことに感謝しかなかった。
父の車に乗ると響くなんだか別世界のような、まだ誰にも知られないような秘密の音。幼心にドキドキして、この音は私しか知らないのかも と 宝箱のように大事にしてきた20年間。バンドが過去のものになって、触れたくても触れられないもどかしさを飲み込んでいた10代。20代に入って、3回目の年に 私はやっとイエローモンキーに出会えて 触れることができた。



 帰ってきてくれて、私に初日を迎えさせてくれて、ありがとうございました。おかえりなさい。